【潜入レポート】小森ワンマンセミナー ~前編~
会場には日本を代表するパチンコ業界の有力者200名以上が集合。
その年商だけでも3兆円になるということで、まさに「3兆円セミナー」ともいえる活気に 満ちたものでした。
第1部「エリア競合店がガラリと様変わりする!」
第2部「パチンコ・スロットとも大黒柱が交代する~機種構成、配置がガラリと変わる~」。
第3部「店づくりの考え方、哲学がガラリと変わる」
と充実した内容の中、今回は第一部のレポートをさせていただきます。
セミナーの詳細はこちら>> http://www.funai777.com/2007/01/30_125406.php
最初に「全国10,000店舗時代近づく! この流れをどう読むか?」という話からさせていただきます。
この3月に警察庁から統計が出ると思いますが、現状を見回しますと、登録店舗が14,000店。もしくはそれ以下かもしれませんが、その中でお客さんがほとんど入っていない店舗が3000店舗くらいありますから、最終的には10,000店くらいになるかもしれません。
つい5年ほど前は、17,000店だったのが、数年後には10,000店になってしまったのです。
この数字から産業として考えれば衰退しているのではないかと思います。
確かにある意味では衰退しています。客数は激減、1995、96年から比べますと半分に減っています。店舗数は大幅に減ったと思われますが、逆に台数はそれほど減っていません。
この流れから将来的に、この産業はどうなるのか? むしろ今まで60年間も続いてきたことが驚くべきことだったかもしれません。
パチンコ全盛期は1994年~96年。自主規制が入る前でした。私もこのころデビューしましたが、当時は間違いなく顧客数3000万人はいたと思います。その状態が今はガラリと変わっています。
パチンコ産業は、在日の方の存在抜きには語れない歴史がありますが、かつては出店における暗黙の了解がありました。今から20年くらい前、昭和51、52年のころは、近くに出店をするときは一応お断りを入れていたようです。出店して刺し合いにならないようなマナーがありましたが、今はほとんどそのようなマナーは忘れられています。
ところで94年から96年がなぜ全盛期だったのかを分析しますと、当時は大当たり確率が1/240~1/250で十分に遊べたのです。賞球数も7&15が圧倒的でした。
確変継続率や時短機能などもありませんでした。
連チャン率は約20%。名目2400発の実質2100発でしたが、20%が希少価値で、それで嬉しかったし、暴動などは起こりませんでした。
それなのになぜ、今、確変継続率6割7割にこだわっているのでしょうか。
このままでは本当にこの業界はつぶれかねないという危機感をもって、声を大にして叫びたいと思います。
当時のコンピュータの限界もあったかもしれませんが、1回あたりで大当たりしていたので、T1Yの概念はありましたが、T2Yという概念は必要なかったのです。今はT2Yにばかり議論がいってしまって警察庁がいうように射幸心ばかりあおっていることになります。
去年の「スーパー海物語M55W」のような台を導入していたらダメになってしまう。
ここで警察の発言がこの業界を元に戻し、昔の3000万時代に戻してくれるのは、むしろ「天の声」ではないかと思って聞いています。
折しも本日は日本のトップクラスの方が集まっています。
このような業界人がはっきり決意すれば明らかに変わると思います。
中編はこちら↓
http://www.funai777.com/2007/02/09_113414.php
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